大名、毛利の永遠の里・萩(萩には、明るい未来がある)

ペンネーム:毛利太郎(自動音声でお楽しみください)

おれ、毛利太郎!!お前ら、他人を、いじめる暇があれば、身体を、鍛えろ!!萩高校教諭・松本弘道の、言葉より!!(僕の文学ノート:福田泰志)第8話。毛利太郎、39才の、作品より。

作品名:大名、毛利の永遠の里・萩

 

 

 

 

 

職業:コンピューター作家(自由業)

 

 

 

 

 

 

制作・著作:毛利太郎

 

 

 

 

 

おれ、毛利太郎!!

 

萩生まれ、萩育ち!!

 

勉強大好き、スポーツ大嫌い!!

 

おれの、母校は、萩明倫館!!

 

おれの、刀は、Googleの、スマートフォン!!

 

おれの、母の郷里は、長門市黄波戸!!

 

おれの、住まいは、長門市三隅!!

 

 

 

 

 

さて〜〜〜〜〜〜!!

 

今日は・・・?!

 

おれ、毛利太郎の、過去の、作品で・・・?!

 

おれが、39才あたりに、書いたものがある・・・!!

 

もちろん、それは、原本である・・・!!

 

おれは、学生時代の、いじめにより、一時期、かなり、落ち込んでいた時があったが・・・!!

 

今では、それを、乗り越えた・・・!!

 

どうやら、そこには、おれが、自ら、率先して、行なっている、筋肉のトレーニングに、原因があるようだが・・・!!

 

今では、もう、お陰様で、過去の、いじめの傷跡なんて、さようならですよ!!

 

いじめで、悩んでいる、中学生や、高校生たちに・・・!!

 

男であれば、身体を、鍛えるのは、良い、治療方法では、ないだろうか・・・?!

 

それでは、過去の、我が作品から、どうぞ・・・!!

 

 

 

 

いじめ体験から

 

独立国家日本。

 

アメリカの干渉は許さない。

 

そんな態度を日本が採れば、アメリカは、最悪の場合、武力でもって、攻めてくるかもしれない。

 

ここは、ならず者国家アメリカが、あー無常、になるような手段をとることが求められる。主に、外交でさ。

 

 

アメリカのことを考えるとき、俺は、小学校6年のときの、いじめ体験を、思い出すんだ。

 

 

あのころ学校に行くのが、厭でしょうがなかった。

 

登校拒否はしなかったが、毎日が厭でさー。

 

あの時、俺は、とてもシナリオライターとか言う、文学的なことが出来なかった。

 

他えば、自分でシナリオを書くとかさ。

 

文学とは違い、哲学的に考えていたか?俺がなにした?なぜ、いじめる?と思ってた。

 

自分が、真、であるか、偽、であるか、なんて考えてる発想は、やはり思想とか哲学とかになる。

 

 

哲学では、ソクラテスの対話哲学なんてのがあるが、あの時、お互いに、対話はなかったなー。

 

対話以外でのコミュニケーションとは、何だったのか。俺の言葉で説明すれば、行動ランゲージということだった。

 

対話がなければ、あくまでも行動ということになる。

 

行動で、相手に訴えかけるしかない。

 

そのときの、俺は、ほんとう、しか行動してなかった。

 

相手の言いなりだった。

 

俺が言いなりならば、やつらに何を、訴えかけれるか。

 

読み取れないやつは別として、男が20人いれば、そのうち何人かは、読み取るはずだということさ。

 

やつ等にされるままにって、なんだ。解かった。

 

俺は、やつらの鏡だったということさ。

 

やつらが俺に言ってた言葉、お釜、という言葉。

 

やつ等にされるがままになることが、お釜、ならば、俺は、自分をどう思ってたか。

 

俺は、普通の男だと、思ってたんだ。

 

それは、俺が、自分の教室を、一歩出ればわかることだった。

 

俺のクラスの、男20人は、特別な集団だったといえる。

 

Oukusaというやつが、ボスであり、他のやつらを洗脳することを、目的として、俺が、餌食になったということだ。

 

俺を、お釜、といわせることによって。

 

俺は、見事に、鏡になったんだ。

 

やつ等は、俺を、お釜、と呼ぶことによって、俺がほんとうに、お釜に見えてしまうだろう。

 

俺は、誰を写す鏡だったかといえば、それは、実は、やつ等自身のことさ。

 

俺を、お釜だと思えば思うほど、苦しむのは、実は、やつ等自身だったのさ。

 

やつ等は、今ごろどうなってるか。

 

多分、推測だけど、性的な倒錯者が多いとかさ。

 

あの大事な時期に、ジェンダーにかかわることで、いじめが起こったんだぜ。

 

思春期が、これから始まろうとする前にさ。

 

やつ等は、中学で、性に目覚めたとき、悩むことになる。

 

俺も、お釜という言葉が厭だった。

 

やつ等が悩むことは、男とは?、女とは?で。

 

筋肉が、重要になってくるんだよ。

 

筋肉と、男の、自己同一性の関係についてさ。

 

生徒を、部活漬けにする萩市は、大丈夫かなー。

 

お釜という言葉は、主に、西日本で、使われる。

 

萩市から、端を発して、それが西日本へ、そして全国へという動き。

 

今さー、あらゆるメディアで、よく目にする筋肉。

 

気がつけば、結婚することが、普通じゃなくなったこの国がある。

 

いじめられて、無抵抗で、なおかつ無口になる。

 

俺は、そーだった。

 

そのとき、他人が発する言葉の数々は、何か?その言葉の数々は、彼ら自身の、思想にかかわる言葉だ。

 

鏡になるということは、相手の思想が見えるということになるんだ。

 

日本中の学校で、いじめられてる人たちに。

 

俺は、こう考える。

 

始まりは、アメリカが日本に口を出すだったよなー。

 

いちいち、うるさい国アメリカ。

 

日本には、独自の文化がある。

 

アメリカ的な異文化が、入ってきて、混乱してるのは、日本じゃないかと思うんだ。

 

いじめられっ子、頑張れ!

 

 

原本終わり!!

 

 

 

制作・著作:毛利太郎

 

 

 

 

関東学院大学文学部英米文学科卒業:文学士

萩高等学校普通科理科系:萩第一中学校

萩市立明倫小学校

 

 

 

つづく。